2017/05/08(月)マリーンズドキュメント

第8話 信頼する仲間へ

 試合前のことだ。全幅の信頼を寄せて「今日は首を振りません」と言う二木康太に対して、田村龍弘は「振って、お前が投げたい球を投げろ」と伝えた。5月6日の福岡ソフトバンク戦で先発マウンドを任された二木は、田村よりも1歳年下だ。中盤に2死満塁の場面を迎えて、バッテリーを組む2人はマウンド上で言葉を交わす。両軍の緊張が渦巻くZOZOマリンスタジアム。最後の一球は、直球かフォークの二択だった。田村は直球のサインを出した。その直後、息をのんで見つめていた観衆の声が歓喜となってこだました。熱気の余韻が残るグラウンドの中心で、ピンチを切り抜けた二木はゆっくりと歩みを進める。田村は小さくガッツポーズをして足早にベンチに戻る。見事に空振り三振を奪った球は、その試合で唯一、二木が首を振り自ら選択したフォークだった。

「去年までは僕に任せきりになることが多かったけれど、二木も経験を積んで、今年は打者を観察しながら投げられていると思います。真っすぐを打たれるのが嫌だから変化球にするわけではなくて、変化球で打ち取れると思って首を振った。自信をつけてきたのだなと、僕も配球をしていて思いました」

 今年23歳になる田村には後輩が増えた。年上の投手陣からも信頼を得て、頼られる存在へと日々進化している。満塁のピンチを脱して勝利投手となった二木は、ヒーローインタビューで「田村さんのリードに感謝です」と発言した。その隣で大げさに頷きながら嬉しそうに笑う田村の姿は、数年前とは別人のようだった。

 2013年の春。その頃はまだ、『正捕手』なんて言葉は現実的ではなくて、口にすることもなかった。当時、最年少ルーキーだった田村は、二軍球場で基礎練習と実戦を繰り返す日々をこう表現していた。

「今の自分はリードしているのではなく、されている側です。配球をしていて、これで間違っていないかな? と思うこともありますし、サインに首を振られることも多くて。まだまだ未熟で知らないことばかりなので、基本からしっかりやっていきたいです」

 高校時代は光星学院(現八戸学院光星)の主将として、甲子園大会3季連続準優勝の輪の中心にいた。元々は内野手で、転向したのは高校3年の頃。打撃力が高く評価されたのは勿論だが、捕手としては実戦経験1年未満でのプロ入りとなった。入団後はキャッチャーミットの磨き方から始まり、バッテリーコーチに基礎を改めて教わった。捕手経験は浅くとも、高卒1年目から二軍で出場機会に恵まれると、無駄のない正確な動きで盗塁阻止をする場面が目立っていった。イニング間には先輩投手のもとへ駆け寄り、自分なりに考えて出したサインの意図を言葉で伝える。疑問があれば、誰に対しても物怖じすることなく質問をぶつけた。その夏に一軍昇格を果たすと、翌々日にはプロ初安打を放ってみせた。マスクも被り、プロのレベルの高さに触れた初の一軍生活は僅か2週間だったが、田村は新たな目標を掲げるようになった。

「一軍で、勝ち試合のキャッチャーになりたいです」

 その気持ちは、今後もずっと変わらないのかもしれない。1年目の秋にはクライマックスシリーズにも出場して、2年目は大幅に出場機会を増やした。3年目は開幕捕手を務めて117試合で全球団トップの盗塁阻止率(.429)を記録した。4年目に月間MVPとベストナインを獲得して周囲に認められる捕手になった。そして、5年目を迎えた2017年。マリーンズの正捕手を長年務めた里崎智也氏の背番号『22』を受け継ぎ、田村は一軍の投手陣をリードし続けている。

 本来ならば自身も若手の部類に入るが、自分のことだけで精一杯だった時期はすでに終えた。捕手としてチームを上昇させるために必要なことを考えたとき、絶対に忘れてはいけない選手の存在が浮かび上がる。
 5月5日の福岡ソフトバンク戦。2点リードで迎えた最終回にクローザーの益田直也が2本塁打を浴びて逆転負けを喫した。益田と田村のバッテリーだけでなく、敗北のショックは痛みを分け合うようにチーム全体に広がっていった。翌日は内竜也がクローザーとして役割を果たしたことで重苦しい空気は軽減されたが、試合後に田村が最も熱を込めて話した言葉は、勝利の喜びではなかった。

「あの日は、(敗戦投手となったのが)益田さんだったからこそ、ショックが大きかったのかなと思うんです。益田さんは去年も今までも、あれだけチームを救ってくれた信頼のある投手。僕も益田さんだから勝てるという自信があったし、勝ち切らないといけないゲームだったけれど、落としてしまった。クローザーとして戻ってきてほしい気持ちは強いし、絶対に戻ってくると信じて、(代わりを務める投手が)誰であっても、僕は必死にやるだけです」

 5月7日に益田は中継ぎとして登板した。捕手は田村で、相手は前回と同じ福岡ソフトバンク。1死1,2塁からマウンドに上がり、内川聖一に2点適時二塁打、続くデスパイネと中村晃は連続三振に仕留めた。必ずもう一度立て直してみせる。そのバッテリーは壁を乗り越えるための作業を始めていた。

 勝つのは簡単ではないから、白星が遠くなることもあるかもしれない。時にはトンネルのように続いてしまうことだってある。どんな状況でも田村には向き合う覚悟がある。互いを信じて戦っていくと決めている。上を向く仲間にはその追い風となり、下を向く仲間がいれば、手を取って共に進んでいく。格段に強くなった背中で、チームをけん引する役割を担う。まだまだ先は長い。選手たちが直面する苦境があるのなら、それを跳ね返すドラマを生み出す立役者もまた、ここにいる選手たちであるはずだ。

長谷川美帆(千葉ロッテマリーンズ オフィシャルライター)=文 text by Miho Hasegawa